主のご復活、おめでとうございます

イエズスのご受難とご復活は私たちの信仰の中心であり、その祝いは一年間の典礼の頂点です。聖霊降臨の後で使徒たちが出かけて福音を広めた時、何よりも主のご復活を知らせました。それこそ新しい知らせ、良い知らせ、すなわち「福音」でした。

 

 

そして聖パウロが説明しているように私たちの信仰と希望と救いそのものがそれにかかっています。「キリストが復活しなかったのなら、あなた方の信仰は虚しく、あなた方は今もなお罪の中にあることになります。そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。この世の生活でキリストに希望をかけているだけだとすれば、私たちは全ての人の中で最も惨めな者です。しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」1コリント15章17節~20節。弟子たちの不完全な信仰と希望と愛はイエズスの死と一緒に死にましたが、イエズスのご復活によってどんな苦難の前でも揺るがないものとして復活しました。ご復活なしのイエズスの死は完全な敗北にしかなりえなかったのですが、ご復活によって完全な、永遠の勝利であることが証明されました。イエズスの十字架の死は「死を司る者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖の為に一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさる為でした」ヘブライ人2章14節~15節。ご復活によって悪魔と死そのものを滅ぼした主イエズスを信じる人にとってはキリストの愛から引き離せるものは何一つもありません。

 

ヘブライ人への手紙にも見られるように、この確信は初代教会の確信でもあったし、その力でした。「実際、捕らえられた人たちと苦しみを共にしたし、また、自分がもっと素晴らしい、いつまでも残るものを持っていると知っているので、財産を奪われても、喜んで耐え忍んだのです。だから、自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります。神の御心を行って約束されたものを受ける為には、忍耐が必要なのです」ヘブライ人10章34節~36節。

 

戦争や災害の引き起こす経済的や社会的な困難を迎えようとする現代を生きている私たちキリスト者は何よりも初代教会のような、または日本の殉教者たちのような確信を持つことが大事です。来年のご復活祭を、今年のように穏やかには祝えないかも知れないことをわきまえて、そのご復活に示された主イエズスの絶大な勝利の力をしっかり心に留めて、感謝と賛美を捧げながら日本の殉教者に彼らと同じような確信を持つ恵みを頂けるようにこの復活節を過ごしましょう。